前田憲男さんを悼む
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稀代のジャズピアニスト、アレンジャーの前田憲男さんが亡くなられた。
83歳、年齢的には特に若すぎるということもありませんが、音楽界にとっては大きな損失といえると思います。
前田さんが偉大なのは特に編曲の分野で誰もまねができないほどの技術とオーケストレーションを知り尽くした上での斬新な発想で音楽界を牽引してこられたことだと思う。
まだパソコンなどがない時代、スコアはもちろんすべて手書きなのでコピペもできない。普通の編曲家が片手で1つのパートを書き込むところを彼は両手で2つのパートを同時に書き進むという離れ業で2倍以上に早く作品を仕上げていた。(本人は単なる伝説だと謙遜されていたが)彼の脳にはよほどいっぱいアイデアが詰まっていたに違いありません。その上格段に耳がいいときてるから正にだれも近づけない神業というにふさわしい人だったと思われます。
かのこちらも一世風靡した宮川泰さんが生前「前田さんにはかなわない」とTVで嘆いておられたのが思い出されます。
私自身は数年前にmixiをやってた時にマイミクとして数度メールのやり取りをしただけで直接お話する機会はありませんでしたが、一度だけ現場の仕事ぶりを拝見することがありました。しかし1度だけでもジャズのフルバンドの4番テナーサックスの一瞬のプレイミスを即座に指摘するなどその偉大さを目の当たりにしてただただ驚嘆するのみでした。
アレンジャーとして大きな軌跡を残された前田さんですが、本人はおそらく生涯ジャズのピアニストとして過ごされる気持ちがすごく強かったと思います。ウインドブレーカーズという9人編成のジャズバンドを率いたり、ソロやトリオでの活動などあくまでも常にステージ演奏が中心でテレビなどでの編曲の仕事は二の次のような印象でした。多くの歌手への編曲もそのほとんどがステージ用の編曲だと思われます。
ピアニストとしての彼の最大の特徴はそのすべてが独学であるということ。
父親の影響があるとはいえ独学ですべてを知り尽くすのはとんでもなく大変で相当な努力をされたことは想像に難くありませんが、一方で彼は自分の弱点をきっちりわかっておられた。
それはラジオ番組での企画でしたが、自ら巨匠のワイゼンベルグとクラシックの同じ曲を弾き比べたことがあります。
その音を聴き比べるととだれでもその差が歴然とわかるくらいの差があったんです。
それはタッチの差による音色の違いでした。クラシックを極めた人と独学で極めた人ではどうしようもないくらいの繊細さの差があるんですね。
ピアノを経験された方はわかると思いますが、幼少のころから習ってる人と思春期以降に始めた人とでは骨の柔らかさが違うので鍵盤に対するフィット感のようなものが違うんです。ですから優しさとかしなやかさとかの細かい表現も変わってくるということなんですね。前田さんはそれが分かったうえでジャズピアニストとして生きてこられたように思われます。
それを差し引いてもやはり前田憲男さんは少なくとも私にとっては憧れと尊敬の対象になっていた偉大な音楽家でした。
ただ、現在の音楽状況は前田さんの愛した生楽器中心ではなくなり、すべてがコンピューター全盛の時代です。音楽の3要素の一つであるハーモニーでさえもさほど重要ではなく、ラップに代表されるリズム中心のいわゆる“ノリ”が重要視される状況です。
このような時代に対して前田さんがどのようなお考えをお持ちなのか、またそれに対してどのように向き合えばいいのかを訊けなかったのが心残りではあります。
心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
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