九州大学元大学院生の残したもの

昨年末NHKで取り上げられた事件の涙「そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死」は私にとって衝撃でした。
一人の優秀だった研究者の行き詰まった人生の結末として取り上げられたものでしたが、多くの大学院生の現状をあぶりだし、その未来に警笛を鳴らす“番組としては秀逸”だったように思います。

Kと表現された彼は中学の成績は優秀だったが家庭の経済的な事情で普通の高校に進まず、収入を得ながら学べる自衛隊少年工科学校に入学し、人より4年遅れて九州大学に入学した。このことから相当の努力家だったことがわかりますが、更に経緯は示されていませんがドイツ語に堪能でしかも周囲から“学説辞典”といわれるほど法律に詳しかったといいます。これだけでも凡人の私などには十分生きていけれるだけのスキルは身につけていたと思えますがそうはならなかったのが優秀な人の優秀たる所以なんでしょう。

彼は日本国憲法の「国民は法の下に平等」という理念と現実とのギャップをどうしたら埋めれるか?
それを実現するための研究者になることを目指したという事です。
法学部に在籍し、正に研究者になるにふさわしいといえる人だったのでしょう。
そのまま行けばノーベル平和賞の候補にあがるような研究者になっていたかもしれないほどの逸材だったのかもしれません。

しかし37歳になるまで博士論文を仕上げることができず、大学院を退学になり公的な研究者の道は閉ざされてしまいます。
おそらくこれも経済的な理由で研究に集中できる環境になかった為に“中途半端な論文は書けない”というその生真面目さがわざわいしたのかもしれません。
それから46歳で亡くなるまでの9年間は非常勤講師という名の使い捨て教員で全く希望の持てない絶望の9年間だったことは想像に難くありません。

この事件についての多くのブログが書かれていますが、その多くは他に選択肢はなかったのだろうかとか、同じ境遇の人からの明日は我が身とか、非常勤講師の実態を嘆くなどそのすべてが的を得ているように思いますが、私にはもっと本質的なことが論じられていいように思います。番組では1990年代から国の競争力を高めるために大学院生を倍増させたこと、彼が700万円の奨学金返済に苦しんできたことなどがさらっと触れられていましたが、背景としてはこちらのほうが問題だったのではないでしょうか?

大学院生を倍増させたことで当然研究者の数は増えますが、一方で教授や准教授になれるポストは増えておらず、あぶれた研究者は4件掛け持ちしても月収15万円程度しかもらえず、しかも1年更新の非常勤講師になるしかないこと、そのような状況では十分な研究時間も取れず700万円もの奨学金を返済するのは並大抵ではないことは誰でもわかることです。
優秀な人は自己責任ではなく国が支援する・・・そういうシステムを作らないと彼のような犠牲者はますます増えていくように思いますし、また国にとって大きな損失に思えて仕方ありません。

給付型奨学金もあるにはありますが給付金額が少なかったり、地方自治体独自のものだったり、企業のひも付きだったりします。誰でもというわけにもいかないでしょうが、超優秀な人には教授になるまで無条件で支給するなどの支援があれば国の在り方までいい方向に変わるような気がします。それがあれば優秀な研究者が海外に引き抜かれることもなく結果的に国の競争力を高めることになるでしょう。

もう一つ私が最初に述べた衝撃というのは彼のダイイングメッセージともいうべき最後の授業で生徒に残したという言葉です。
「人より勉強するとかスキルや資格を身につけるといった努力は意味をなさない。答えはスペシャリティになることだ。他の人には代えられない唯一の人物」と残しています。
彼にとってスペシャリティになることが何を意味していたかはわかりませんが、少なくとも経済的な不安を抱えることなく研究に没頭でき、末は世の中の役に立つことができることを目指していたのかもしれません。

苦労に苦労を重ねて生きてきた彼の叫びといえる言葉ですが、この言葉をわが身に照らし合わせてみると私は果たしてスペシャリティになっているかと自問すればなれていないというしかありません。
ただそれを広義にとらえれば何も研究者だけがスペシャリティな人っていうわけではないでしょう。どんなに無名な農家の人だってきっとスペシャリティはいると思うし、これについてはあの人に任せれば安心だという人がいろんな職業の中にいっぱいいると思います。
さらに一歩進んであの人じゃなければダメだというところまで行かないと真にスペシャリティとは言えないのかもしれませんが・・・

新年の始まりに自分にスペシャリティとしての可能性が少しでもあればそれを追求しながら生きてゆこうと思います。
凡人ですから三日坊主になる可能性の方が高いですが、経済的な裏付けを確保しながら(これが一番苦しいですが)気負わずに少しでも周りから求められる人を目指して・・・

 

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