東京五輪閉幕

東京五輪が8/8閉幕しましたね。
延べ60万人に毎日PCR検査を実施した効果もあって幸いにもアスリートたちの感染が少なく、死に至る人が出なかったことだけは幸いでしたね。

開催に関しては賛否両論あったのは当然ですがここでは開会式、閉会式やテレビ局での音楽の使われ方に少し焦点をあててみたいと思います。東京五輪開幕の稿でも述べましたが、私が一番気になっていたのが開会式の入場の際の音楽です。
個人的には1964年の古関裕而作曲の行進曲でも構わないとは思っていましたが、実際にはドラクエをはじめとするゲーム音楽でした。前回の入場と比べていきなり閉会式仕様になったのかと思ったくらい何ともしまらない感じがしてしまいました。

勿論、おそろいのユニフォームに身を包み、貴賓席に向かって胸に手をやり、一糸乱れぬ行進を今更期待するわけではないので全否定するつもりはありませんが、その古関裕而作曲のオリンピックマーチをなんと閉会式の各国の旗手だけの入場に使ったのは2度びっくりしました。そして選手入場の時にはそのオリンピックマーチをロック調にアレンジしたものを使うというなんともちぐはぐ感満載の演出でした。

河北新報

ここまでくると誰が演出したかとか誰が計画したかより現在の日本の音楽界の人材不足を嘆くしかありません。前回大会から57年経っても古関裕而を超えるか同等の国民的音楽家が育っていないということの証ではないでしょうか
日本のマーチ王といわれた古関裕而は行進曲のみならず戦前は流行歌も軍歌も多く作曲しています。
また山田耕筰、信時潔らと並び多くの学校の校歌も作曲しています。
そういった幅広い音楽性を持った音楽家が今の日本にはいないのでしょうか?

いや、本当はいるはずです。クラシックにも精通し、時代の一時期だけたまたま受け入れられてもてはやされる人ではなく、地味でも音楽業界でこの人はほぼ完璧で尊敬され信頼できるという人が・・・

そういう人に依頼できなかった組織委員会や大会関係者のお仲間だけの縁故採用に問題があるように思えて仕方ありません。
ここにも今回のオリンピックの弊害の一端が垣間見えるような気がします。残念のひと言です。

また、どこかのサイトでも指摘されていましたが、NHKや民放でもオリンピックのテーマ曲を作っていましたが、NHKがアテネで使っていた「栄光の架橋」ほどのインパクトがなく印象が薄いとのことですが、まあこちらはテレビ局の事情もあるでしょうから
インパクトがなくても愛嬌の域は脱しないでしょう。

ともあれ、いつでもどこでもその時代ごとに要請できる本物の音楽家が育つことを願ってやみません。

Follow me!

前の記事

東京五輪音楽担当辞任