マークSATOの気ままな日々

音楽や日頃何気なく感じたことをありのままに・・・

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大阪都構想の否決から学ぶもの

   

ご存知のように5/17の大阪市民による住民投票で、橋下徹氏が提案したいわゆる「大阪都構想」が否決されました。21日間の喧騒から解放された大阪市民はやっと普段の平穏な日々を取り戻したことだろう。
しかしその差が僅差だったこともあり、住民同士の心の傷が癒えるのはまだまだ先のような気がします。

橋下氏は本当は何がしたかったのだろうか?

今回の住民投票実施には紆余曲折があった。一度は市議会、府議会で否決された時点で実施されるはずがないものが昨年暮れの総選挙の結果を経て、公明党が賛成に転じたのがそもそもの原因であるが、そこには大きな政治的な思惑が絡んでいたに違いないと思わざるを得ない。

出馬をにおわせていた橋下氏の出馬取りやめ、維新の大阪での圧倒的な支持による議席獲得・・・
安倍政権が来年夏の参院選後に改憲の発議に維新の協力が不可欠なために後押ししたとか、まことしやかに伝えられたが、そこには大阪の住民にとって何が必要かといった基本的なことがまったくおろそかにされていたような気がします。

橋下氏は統治機構を変える、そのために大阪都構想が必要なんだと常々言っていた。
しかしそもそも統治機構といった時点ですでに上から目線でものをいってることに気が付いていなかったように思う。

役所や政府は国民を治めているのはない。国民を腹いっぱいにするための努力を政策によって実現するのが仕事である。そのために住民はもちろん、色んな人々の意見をききながら合意を図る、それが民主主義の基本理念のはずだ。

その過程を無視し、強引に事を進めようとしたのが最後に否定されたということだと思う。

大阪都構想とは何だったのか?

今回の住民投票で賛成した人も反対した人も、改めて大阪都構想の中身を考えると明確に答えられる人が何人いるでしょう? かくいう私も明確にいえるとは断言できない。
それだけ衆知が不十分だということだと思う。

賛成派は、大阪市を5分割してきめ細かいサービスは「特別区」に、インフラの整備など広域事業は「都」(府)にすることで府と市の二重行政を解消して無駄を省き、大阪の経済成長が図れるという。

一方反対派は大阪市を5分割しても、新庁舎建設や職員の増加により新たなコストがかかり、お金がない特別区では従来の住民サービスが維持されるか疑わしい・・・等々

最後は双方が「デマだ!」「嘘だ!」の中傷合戦に終始したのは残念だったという他ない。

そうならないためには提案者が明確なビジョンと正確な情報を提示をすることが必要なわけですが、賛成派でいえば、大阪市を5分割して権限を府に集中すれば何故大阪が成長するのかの根拠が全く示されなかった。
カジノを誘致して雇用を増やすつもりなら、それはそれで堂々と示さないといけないのに一切言わなかった。

大きな変革には必ずメリット、デメリットがあるにもかかわらず、橋下氏や維新はメリットばかりでデメリットは一切ないと断言し、データなどの情報には誇張や嘘が多く見られた。

住民説明会でそれが示されるのかと思ったら、橋下氏の理念を語る独演会に終始してしまった。

一方、反対派がデメリットをいうのは当然ですが、多少のメリットもいうべきだと思う。そうでないと議論になりようがなく、結果中傷合戦になってしまう。

この根本がおろそかにされてしまい、橋下氏の信任投票のような感になってしまったのが今回の僅差の原因だったと私は思います。本来ならどちらに転ぶにせよ圧倒的な差で決まるはずです。良いものは良い、そうでないものはそうでないと・・・

メディアは役割を果たしたか?

正確な情報を広く伝えることが可能なのはテレビ、新聞などのメディアであるが。一連の報道を見ているとメディアがその役割を果たしたかは甚だ疑問である。

住民投票の告示がされた4/27からは多少なりとも在阪メディアは報じてきた。
しかしその内容は表面的な事実だけで、しかも検証もなく橋下氏の発言をそのまま流すだけという有様だった。

中には読売テレビなどあからさまに橋下氏応援の番組を繰り返していた。
「そこまで言って委員会」での橋下氏誕生祝ケーキなど普通では考えられないことだ。
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また、橋下氏が反対派の論客の藤井教授を出演させないよう圧力をかけたりしたことで、メディアが萎縮してしまったこともあるだろうが、結果が出てからの報道を見るとメディアが役割を放棄した原因がおぼろげながらわかったような気がします。

大阪都構想の話題は大阪限定で、東京など他地域では全く無関心だといわれていましたが、否決された翌日の全国紙はどれも一面トップ。

これは何を意味するのでしょう?
これは都構想が否決された事実より、橋下氏が敗れたということのニュース性があるからに他ありません。

つまり橋下氏はメディアにとって単に視聴率が稼げる人材に過ぎなかったわけです。その証拠に、橋下氏が負けた分析は熱心にするが、大阪市を存続させた側の勝因を分析したメディアは皆無でしょう。(時間がある程度経てばそれも出てくるでしょうが)

権力者の側をチェックするのがメディアの最大の役割なはずですが、視聴率や広告料がもらえるからといってその役割を放棄したら、いずれそのしわ寄せは自らに返ってくることをメディアは肝に銘ずべきだと思います。

これからの大阪市の行く末

とりあえずは大阪市の存続ということで決着しましたが、実はこっちのほうが結構むつかしい気がします。賛成多数なら良くも悪くもイケイケどんどんになりますが、これだけ拮抗すると中々収拾が付かないことになりそうです。

維新以外の政党が反対の一点で結集したとはいえ、目標がなくなればすべての政党が共闘することにはならないだろうし、任期いっぱい務めるという橋下氏の存在が結構重荷になるような気がするし・・・

いづれにせよ、議員はもちろんのこと、職員や区長などが首長の顔色をうかがうのはやめて、住民のほうを向いてそれぞれの職務に専念することでよりましな政策が生まれることを望みたいと思います。

 - 政治

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